電王戦ファイナルがあと3週間に迫った。
今回の電王戦は開催前からのドキュメンタリーにも力を入れていて、
プロ棋士の様子が毎日配信されるという素晴らしい取り組みだ。
ところがそこで、衝撃を受ける将棋が指された。
あの「鬼殺し」をコンピュータが指したのだ。
鬼殺しとは?
鬼殺しといえば、初心者撃退にはめちゃくちゃ有効な奇襲戦法で、
受け方を知らないと30手ぐらいでたちどころにやられてしまう。
小学校の頃に二段の先生にやられ、一気に負けた記憶がある。
おそらくこれを読んでいるあなたも、苦い経験をお持ちだろう。
wikipediaにはこんな風に書いてあった。
鬼殺し(おにごろし)は、将棋の戦法の一つ。奇襲戦法である。そのルーツは、大正時代末期、大道詰将棋を出題していた野田圭甫が「可章馬(かしょうま)戦法」という本を売り出したことによるという。「可章馬戦法」の本を売っていた時の売り文句が「この戦法を使えば鬼も逃げ出す、鬼も倒せる」ということから、この名がついたとされている。
wikipediaより
具体的な手順はこうだ。
▲7六歩△3四歩▲7七桂!!!!
一見、いかにも初心者が指しそうな手にも見える。
(初心者は特に桂馬を動かすのが好きなように感じることが多い)
超強いコンピュータがこんな手を指してきたら、
私だったら・・・大丈夫とは思いつつも、3手目でビビるというか、疑惑を感じる気がする。
対策は立てていたとしても、だ。
ハマり手順をお伝えするために、後手が「普通に」指し手を進めていくとこんな感じになる。
△8四歩▲6五桂△6二銀▲7五歩△6四歩▲2二角成△同銀▲5五角。
先手が調子よく攻める展開になる。後手はこれを受けきれるかどうか。
△3三銀▲6四角△5二金右▲7四歩△6三金▲7八飛△6四金▲7三歩成で先手必勝、という戦法だ。
桂馬と角と飛車でこじ開けて、角を捨てて後手陣を一気に粉砕するのだ。
確かに一見、悪手っぽい手は後手には見当たらない。
こんなに面白いようになれば・・・
私も何百回でもこの作戦を指してみたいと思う。
ちなみにこの局面、激指先生は+310とわずかに先手有利となっている。
鬼殺し対策
・・・と、ここまでは調子がいいが、この戦法はちゃんと受ければ何てことはない。
鬼殺しの対策も、併せて伝えておこう。
鬼殺し対策①定跡が教える△6二金
定跡が教えるのは、▲5五角に対して、△6二銀に代えて△6二金。
この手を知っていれば、鬼殺しは怖くない。
違いをしっかりと認識しておこう。
銀か金かでは一見大差ないようだが、違いは横の利きと駒の初期配置。
少し進めた先に、決定的な違いがある。
▲7五歩△6四歩▲2二角成△同銀▲5五角。
ここで△6二金か、△6二銀かの違いが出る。
▲5五角に△6三銀では、▲5三桂不成がある。
6一の金が上手いこと▲5三桂不成に当たってしまうのだ。
だが△6三金と立てば、5三が受かる。(そもそも桂での両取りにならない)
銀取りも飛車の横利きがあるので問題無し、というわけだ。
かつ、今後攻められそうな7三にも利きがあるので、形は悪いがこれで受かっているのだ。
もし初見の方がいたら、これは必ず覚えておいて欲しい形だ。
この、「鬼殺しには△6二金」は、小学生の頃にも教わった。
正直、ここまでの意味はよくわかっていなかったが、まぁこういうものかと。
鬼殺し対策②そもそも先受けすれば何てことはない
対策①の方は、鬼殺しに敢えて乗った上での対策であったが、
そもそも何てことはない。
▲7六歩△3四歩▲7七桂で△8四歩としていたが、ここで見切って△6二銀の先受け。
相手が奇襲出来たのだから、のんびり△8四歩よりもこれで勝るというわけだ。
それでも▲6五桂と来るなら、△3二金で十分。
両取りになるのが受けにくいだけなので、浮きそうな2二の銀をこれまた先に受ける。
△3二金は飛車を振られると形が悪いが、桂を取れそうなのでそれで十分だろう。
先受けで陣形が整備されつつあるので、先手から角交換されても、後手の方が手がありそうだ。
このそもそもの対策は、将棋マガジンの1996年の6月号「佐藤康光&森内俊之の何でもアタック」に記載されているようだ。
(私は見たことないが、ネットの記事で数件見たので間違い無いだろう)
ネットの二次引用になるが、二人はこういう見解のようだ。
森内「普通に△6二銀と指されて先手がよくなる構想はありません。実戦でやられたら、後手を持ってよくする自信があります」
佐藤「これは疑問手と思う。▲7七桂には△6二銀。これですぐに▲6五桂は△3二金で無理。またゆっくりしていては桂頭を狙われる筋や角が使えないため作戦負けになる。悪手に近い疑問手だと思う」
—–
なんと基本図から△6二銀で、鬼殺しは手も足も出なくなってしまった。
簡単な鬼殺し対策があったものだ。
古来の定跡書の△6二金は、鬼殺しの言い分も聞くというか、鬼殺しの個性を出させて退治するパターン。
悪役プロレスラーの得意技や反則を出させて(受けて)最後には日本人レスラーが勝つ、力道山時代の日本プロレス、ジャイアント馬場時代の全日本プロレスのような雰囲気だ。一方、森内流・佐藤流の△6二銀は、最初から相手の技を封じる現代の格闘技みたいなものかもしれない。
鬼殺しの顔が全く立っていない。
鬼殺し再来か?
と、こんな奇襲色の強い鬼殺しが、超強いコンピュータ「Selene」によって指されたのだ。
相手は受け将棋の永瀬六段。
30分切れ負けの練習対局の様子であった。
「おいおい鬼殺しなんかに負けるなよ」
と思いつつ、もちろん永瀬六段を応援する視点で見ていると・・・
全然知らないような手順で受けて、
全然知らないような展開に・・・なった。
それはそれで新鮮だったが、もっと安全に勝ちにいく順もありそうな気がした。
2/18時点では前半半分だけなのだが、なんだか形勢が思わしくないような。
研究将棋なので敢えてそういう順に踏み込んだということもあるが、
それであっても鬼殺しに負けては・・・。
前回勝者の豊島さんも、他のドキュメンタリー映像の中で、
「コンピュータは▲7七桂とかやってくることがある」と言っていた。
もしかしたら、コンピュータは結構有効なんだと判断しているのではないだろうか?
近年のコンピュータの充実ぶり、プロとの共存の姿勢を見ると、
鬼殺し再来か?なんてことを思うのである。
将棋の進化は、面白い。
人間が見切って捨ててしまったような手順も実は有効、ということがわかれば、
ますます面白くなっていくと思う。
ある意味では、コンピュータが人間を超えたのかもしれない。
後半、今夜のドキュメンタリーが何よりも楽しみだ。
【関連記事】